🫀 はじめに|愛犬の心臓を守るために
犬の心臓病は、特に中高齢の小型犬に多く見られる疾患です。中でも僧帽弁閉鎖不全症は、犬の心臓病全体の約75〜80%を占める最も一般的な病気として知られています。
初期段階では無症状のため見逃されやすいものの、進行すると呼吸困難や肺水腫といった命に関わる状態に陥ることもあります。しかし、早期発見と適切な管理により、愛犬のQOL(生活の質)を維持しながら寿命を延ばすことが可能です🐕💙
この記事では、犬の心臓病、特に僧帽弁閉鎖不全症の症状、診断方法、治療法、そして日常生活での管理方法について詳しく解説いたします。
✓ 僧帽弁閉鎖不全症のメカニズムと好発犬種
✓ 症状の進行ステージと見逃せないサイン
✓ 診断方法と治療薬の種類
✓ 食事管理と運動制限のポイント
✓ 日常生活で気をつけるべきこと
🩺 僧帽弁閉鎖不全症とは?|心臓のメカニズム
僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)は、心臓の左心房と左心室の間にある「僧帽弁」が完全に閉じなくなる病気です。
通常、心臓が収縮する際には僧帽弁がしっかり閉じて、血液が左心室から大動脈へと一方向に流れます。しかし、この弁が変性して完全に閉じなくなると、血液の一部が左心房へ逆流してしまいます💔
🔄 病気の進行プロセス
- 弁の変性:加齢や遺伝的要因により僧帽弁が厚く硬くなる
- 血液の逆流:弁が完全に閉じず、血液が左心房へ戻る
- 心臓の拡大:逆流した血液を処理するため心臓が大きくなる
- 心不全:心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送れなくなる
- 肺水腫:肺に水が溜まり、呼吸困難を引き起こす
この病気は進行性であり、一度発症すると自然に治ることはありません。しかし、適切な治療と管理により進行を遅らせることは可能です。
🐕 好発犬種とリスク要因|どんな犬がなりやすい?
僧帽弁閉鎖不全症は特定の犬種に多く見られる傾向があります。
🔴 キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル
この犬種は遺伝的に僧帽弁閉鎖不全症を発症しやすく、若齢(3〜5歳)から発症することもあります。キャバリアの飼い主さまは特に注意が必要です。
📋 その他の好発犬種
- チワワ
- マルチーズ
- ヨークシャー・テリア
- トイ・プードル
- シーズー
- ミニチュア・シュナウザー
- ダックスフンド
これらの犬種に共通するのは小型犬であることです。中高齢(7歳以上)になると発症リスクが高まります🎂
🧬 主なリスク要因
- 加齢:年齢とともに弁が変性しやすくなる
- 遺伝:特定の犬種で遺伝的素因がある
- 性別:オスの方がやや発症しやすい傾向
- 肥満:心臓への負担が増加
📊 症状の進行|ステージ別に見る変化
僧帽弁閉鎖不全症は段階的に進行します。獣医学ではACVIM分類というステージ分けが使用されています。
🟢 ステージA:リスクあり、異常なし
好発犬種であるが、まだ心雑音や症状が見られない段階です。定期的な健康診断で早期発見を目指します。
🟡 ステージB1:心雑音あり、心拡大なし
症状:無症状
検査所見:聴診で心雑音が聞こえるが、心臓の拡大は見られない
飼い主が気づくサイン:特になし(定期健診で発見されることが多い)
🟠 ステージB2:心雑音あり、心拡大あり、無症状
症状:まだ明らかな症状はない
検査所見:心臓が拡大している
飼い主が気づくサイン:ごく軽い運動不耐性(少し疲れやすくなる程度)
無症状でも、このステージから薬物療法を開始することで、症状の出現を遅らせ、寿命を延ばすことができることが研究で示されています。
🔴 ステージC:症状あり(現在または過去)
主な症状:
- 咳:特に夜間〜早朝に「ガーガー」「ゲホゲホ」という乾いた咳が出る
- 運動不耐性:散歩を嫌がる、すぐに疲れる、走らなくなる
- 呼吸が速い・荒い:安静時でも呼吸数が増える(正常は1分間に15〜30回)
- 食欲不振
- 元気がない
進行すると湿った咳や呼吸困難が見られるようになります。
⚫ ステージD:難治性心不全
標準的な治療では症状がコントロールできない重度の状態です。
- チアノーゼ:舌や歯茎が紫色になる
- 失神
- 肺水腫:肺に水が溜まり、重度の呼吸困難
- 腹水:お腹に水が溜まる
このステージでは緊急治療が必要となります🚨
🔍 診断方法|どうやって見つける?
僧帽弁閉鎖不全症の診断には、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。
👂 1. 聴診
獣医師が聴診器で心臓の音を聞きます。僧帽弁閉鎖不全症では特徴的な心雑音(「ザーザー」という雑音)が聞こえます。定期健診での聴診が早期発見の鍵となります🩺
📸 2. 胸部X線検査(レントゲン)
心臓の大きさや形、肺の状態を確認します。心臓が拡大しているか、肺水腫がないかなどをチェックします。
🌊 3. 心エコー検査(超音波検査)
最も重要な検査です。心臓の動きや弁の状態、血液の逆流の程度をリアルタイムで確認できます。
- 僧帽弁の変性の程度
- 血液の逆流量
- 心臓の拡大度
- 心機能の評価
💉 4. 血液検査
心臓に負担がかかると上昇するNT-proBNPという心臓マーカーを測定します。また、腎臓や肝臓の機能もチェックします(治療薬の副作用監視のため)。
📈 5. 血圧測定
心臓病では血圧が変動することがあるため、定期的な測定が推奨されます。
7歳以上の小型犬、特に好発犬種では、年に2〜4回の定期健診が推奨されます。心臓病は早期発見が予後を大きく左右します!
💊 治療法|薬物療法が中心
残念ながら、僧帽弁閉鎖不全症を完治させる内科的治療法はありません。しかし、薬物療法により進行を遅らせ、症状を軽減し、QOLを維持することが可能です。
💊 主な治療薬
1. ACE阻害薬(エナラプリル、ベナゼプリルなど)
作用:
- 血管を拡張させ、心臓の負担を軽減
- 心臓のリモデリング(変形)を抑制
- 血圧を下げる
投与時期:ステージB2から開始されることが多い
副作用:低血圧、ふらつき、腎機能への影響(定期的な血液検査でモニタリングが必要)
2. ピモベンダン
作用:
- 心臓の収縮力を強化(強心作用)
- 血管を拡張
投与時期:ステージB2から投与することで、症状の出現を平均15ヶ月以上遅らせることができることが大規模臨床試験(EPIC study)で証明されています🌟
特徴:犬の僧帽弁閉鎖不全症治療のゴールドスタンダードとされる薬です。
3. 利尿薬(フロセミド/ラシックス)
作用:
- 余分な水分を尿として排出
- 肺水腫や腹水を改善
投与時期:ステージCから、咳や呼吸困難などの症状がある場合に使用
副作用:電解質異常(特にカリウム不足)、腎機能への影響、頻尿
・獣医師の指示通りに投与すること(自己判断で中止しない)
・副作用のチェックのため定期的な血液検査が必要
・利尿薬を使用中は水分摂取と排尿の様子を観察
・複数の薬を併用することが一般的です
🏥 外科手術
一部の専門施設では僧帽弁形成術という外科手術が行われることもあります。しかし、高度な技術と設備が必要で、費用も高額(100万円以上)となります。また、全身麻酔のリスクもあるため、適応は慎重に判断されます。
🍽️ 食事管理|心臓に優しい食生活
食事管理は心臓病治療の重要な柱の一つです。
🧂 1. 塩分(ナトリウム)制限
塩分の過剰摂取は体内に水分を溜め込み、心臓に負担をかけます。
- 心臓病用療法食:ナトリウム含有量が調整されている
- 避けるべき食材:人間用の食べ物(塩分が多い)、ハム、ソーセージ、チーズなど
- おやつ:塩分の少ないものを選ぶ(野菜スティックなど)
💪 2. 良質なタンパク質
心臓の筋肉を維持するため、良質なタンパク質の摂取が重要です。ただし、腎臓に問題がある場合は制限が必要なこともあります。
🐟 3. オメガ3脂肪酸
EPA・DHAなどのオメガ3脂肪酸には抗炎症作用があり、心臓の健康維持に役立ちます。
- 青魚(サーモン、イワシなど)
- フィッシュオイルサプリメント
🔋 4. L-カルニチン、タウリン
これらは心臓のエネルギー代謝を助ける栄養素です。心臓病用のドッグフードには適切に配合されています。
⚖️ 5. 適正体重の維持
肥満は心臓に大きな負担をかけます。獣医師と相談しながら、適正体重を維持しましょう。逆に、病気の進行により食欲が落ちて痩せすぎる場合は、カロリー密度の高い食事が必要です。
・急な食事変更は避け、1〜2週間かけて徐々に切り替える
・心臓病用療法食は獣医師の指導のもとで使用
・手作り食の場合は獣医栄養士に相談を
🚶 運動制限と日常生活の管理
心臓に負担をかけない生活環境を整えることが大切です。
🏃 運動制限
ステージB2まで:通常の運動は可能ですが、激しい運動や長時間の運動は避けましょう。
ステージC以降:
- 短めの散歩(10〜15分程度)を1日2〜3回
- 犬のペースに合わせ、無理をさせない
- 興奮させる遊びは避ける
- 階段の上り下りを減らす
- 咳や呼吸困難が見られたらすぐに休憩
🌡️ 温度管理
極端な暑さや寒さは心臓に負担をかけます。
- 夏:エアコンで室温を快適に(25〜26℃程度)、散歩は早朝や夕方の涼しい時間に
- 冬:暖房で室温を保つ、散歩時は服を着せるなど防寒対策を
💧 水分管理
初期〜中期:十分な水分摂取を(脱水は血液を濃くし、心臓に負担)
進行期(利尿薬使用中):獣医師の指示に従い、場合によっては水分制限が必要なこともあります。
😌 ストレス軽減
ストレスは心拍数や血圧を上昇させます。
- 静かで落ち着ける環境を提供
- 大きな音(雷、花火など)から守る
- 来客時は別室で休ませるなどの配慮
🩺 定期的な健康診断
病気の進行をモニタリングするため、3ヶ月に1回程度の定期健診が推奨されます。
- 聴診
- 胸部X線検査
- 心エコー検査
- 血液検査(薬の副作用チェック)
📈 予後とQOL|どのくらい生きられる?
僧帽弁閉鎖不全症の予後は、発見時期、治療開始のタイミング、進行速度により大きく異なります。
📊 統計データ
- ステージB2:適切な治療により、症状が出るまでの期間を平均15ヶ月延長できる
- ステージC(肺水腫など症状出現後):投薬治療開始で平均生存期間約8〜12ヶ月
- 早期発見・早期治療:数年間、良好なQOLを維持できるケースも多い
僧帽弁閉鎖不全症は進行性の病気ですが、適切な管理により愛犬と穏やかな時間を過ごすことができます。獣医師と連携しながら、一日一日を大切に過ごしましょう🐕✨
❓ よくある質問(Q&A)
Q1. 心雑音があると言われましたが、症状がありません。治療は必要ですか?
A. ステージB2(心臓が拡大している場合)では、無症状でも治療開始が推奨されます。心エコー検査で心臓の状態を評価し、獣医師と相談しましょう。早期治療により症状の出現を遅らせ、寿命を延ばすことができます。
Q2. 薬は一生飲み続けなければなりませんか?
A. はい。僧帽弁閉鎖不全症は進行性の疾患で、完治は望めません。薬は病気の進行を遅らせ、症状をコントロールするためのものです。自己判断で中止すると急激に悪化する危険があります。
Q3. 咳が出始めましたが、すぐに病院に行くべきですか?
A. はい、できるだけ早く受診してください。咳は心臓病が進行しているサインです。特に夜間〜早朝の咳、湿った咳、呼吸困難を伴う場合は緊急性が高いです。
Q4. 心臓病でも散歩はしていいですか?
A. ステージにより異なります。初期〜中期では適度な運動は可能ですが、激しい運動は避けましょう。症状がある場合は短時間の散歩とし、犬のペースに合わせてください。獣医師に具体的な運動制限を確認することをおすすめします。
Q5. 人間用の心臓の薬を犬に使ってもいいですか?
A. 絶対にやめてください。人間用の薬は犬にとって用量が不適切だったり、有害な成分が含まれている場合があります。必ず獣医師が処方した犬用の薬を使用してください。
📝 まとめ
僧帽弁閉鎖不全症は犬の心臓病の中で最も一般的な疾患であり、特に中高齢の小型犬に多く見られます。
重要なポイント:
- ✅ 早期発見が鍵:定期的な健康診断(聴診・心エコー検査)
- ✅ 無症状でも治療:ステージB2から投薬開始で予後改善
- ✅ 主な治療薬:ACE阻害薬、ピモベンダン、利尿薬
- ✅ 食事管理:塩分制限、良質なタンパク質、オメガ3脂肪酸
- ✅ 運動制限:激しい運動を避け、犬のペースで
- ✅ 温度管理:極端な暑さ・寒さを避ける
- ✅ 定期健診:3ヶ月に1回程度
僧帽弁閉鎖不全症は完治しない病気ですが、適切な管理により愛犬のQOLを維持し、共に過ごせる時間を延ばすことができます。獣医師と協力しながら、一日一日を大切に、愛犬との幸せな時間を過ごしてください🐕💙
📚 参考文献
- 日本獣医循環器学会「犬の僧帽弁閉鎖不全症診療ガイドライン」
- ACVIM (American College of Veterinary Internal Medicine) Consensus Statement on MMVD
- Atkins, C., et al. (2009). “Guidelines for the diagnosis and treatment of canine chronic valvular heart disease.” Journal of Veterinary Internal Medicine, 23(6), 1142-1150.
- Boswood, A., et al. (2016). “Effect of Pimobendan in Dogs with Preclinical Myxomatous Mitral Valve Disease and Cardiomegaly: The EPIC Study.” Journal of Veterinary Internal Medicine, 30(6), 1765-1779.
- 日本臨床獣医学フォーラム「犬の病気 僧帽弁閉鎖不全症」
- アニコム損害保険株式会社「家庭どうぶつ白書」
- 各動物病院心臓病専門外来の診療情報
⚠️ 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個々の愛犬の状態に応じた診断や治療の代わりとなるものではありません。
愛犬の健康状態や治療方針については、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。特に心臓病は個体差が大きく、専門的な診断と継続的なモニタリングが不可欠です。
以下のような場合は、すぐに動物病院を受診してください:
• 咳が頻繁に出る、夜間〜早朝に咳が増える
• 呼吸が速い、苦しそう(安静時の呼吸数が1分間に40回以上)
• 舌や歯茎が紫色になる(チアノーゼ)
• 散歩を嫌がる、すぐに疲れる
• 失神する
• 食欲がなくなる、元気がない
心臓病の治療は、獣医師の指示に従った投薬管理と定期的な検査が重要です。自己判断での投薬中止や用量変更は、愛犬の命に関わる危険がありますので、必ず獣医師にご相談ください🏥💙

