本記事は一般的な法律情報の提供を目的としています。個別の法律問題については弁護士への相談を強く推奨します。損害賠償額は事案によって大きく異なります。
環境省の統計によると、犬による咬傷事故は年間4,000件以上発生しており、その9割以上が飼い犬によるものです。「うちの子に限って」と思っていても、散歩中の突発的な出来事や、訪問者への反応など、予想外の場面で事故は起こります。
愛犬が人を咬んでしまった場合、飼い主には民事・刑事・行政の三つの責任が生じる可能性があります。損害賠償は数万円から1,000万円超に及ぶケースも。本記事では法的責任の全体像から事故発生後の対処法、保険の活用方法、そして事故を防ぐための対策まで詳しく解説します。
⚖️ 飼い主が負う3種類の法的責任
飼い犬が人や他の犬に咬みついて怪我をさせた場合、飼い主には大きく分けて民事・刑事・行政の3つの法的責任が発生する可能性があります。
💴 民事責任
民法718条・709条に基づく損害賠償責任。治療費・慰謝料・休業損害・逸失利益などを被害者へ支払う義務。
金額は数万円〜1,000万円超と幅が大きく、最も重要な責任。
🚨 刑事責任
刑法209条(過失傷害罪):30万円以下の罰金または科料。
故意にけしかけた場合は傷害罪(懲役・罰金)に。重大事例では禁固・懲役の実刑判決も。
📋 行政上の責任
狂犬病予防法・各都道府県条例に基づく届出義務。保健所への報告義務違反には罰則あり。
東京都では24時間以内の届出が義務付けられている。
💴 民事責任|損害賠償の範囲と金額
📌 民法718条「動物占有者の責任」とは
動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
この条文のポイントは、飼い主側が「相当な注意を払っていたこと」を立証しない限り、責任を免れないという「立証責任の転換」にあります。一般的な不法行為(民法709条)では被害者側が加害者の過失を証明しますが、動物による事故では加害者(飼い主)が自分の無過失を証明しなければならないという非常に重い責任構造です。
💸 請求できる損害の種類
📊 入通院慰謝料の相場(裁判基準)
| 通院なし | 通院1ヶ月 | 通院3ヶ月 | 通院6ヶ月 | |
|---|---|---|---|---|
| 入院なし | ― | 28万円 | 73万円 | 116万円 |
| 入院1ヶ月 | 53万円 | 77万円 | 115万円 | 154万円 |
| 入院3ヶ月 | 145万円 | 162万円 | 188万円 | 218万円 |
※裁判基準(弁護士基準)による目安額。実際の金額は事案の状況により変動します。
🔍 後遺障害・死亡の慰謝料相場
| 区分 | 相場 | 備考 |
|---|---|---|
| 後遺障害14級(最軽度) | 110万円 | 傷跡の一部などが残るケース |
| 後遺障害12級 | 290万円 | 醜状瘢痕(目立つ傷跡)など |
| 後遺障害9級 | 690万円 | 指の機能障害など |
| 後遺障害1級(最重度) | 2,800万円 | 植物状態など |
| 死亡(一家の支柱) | 2,800万円 | 本人+近親者慰謝料合算 |
| 死亡(その他) | 2,000〜2,500万円 | 独身者・子ども含む |
🔄 過失相殺について
被害者にも落ち度がある場合、その割合に応じて賠償額が減額されます(民法722条2項)。例:被害者が犬を無断でなでようとした、被害者がドッグランのルールに違反していたなど。ただし、飼い主側の基本的な管理義務(リードをつける等)を怠っていれば、過失相殺があっても相当額の賠償責任を負います。
🚨 刑事責任・行政上の責任
⚖️ 刑事責任
過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
| 犯罪類型 | 要件 | 刑罰 |
|---|---|---|
| 過失傷害罪(刑法209条) | 飼い主の不注意による咬傷事故 | 30万円以下の罰金または科料(親告罪) |
| 傷害罪(刑法204条) | 故意に咬みつかせた場合 | 15年以下の懲役または50万円以下の罰金 |
| 殺人未遂罪 | 死に至らしめる意図でけしかけた場合 | 懲役・禁固刑 |
📋 行政上の義務(飼い犬が咬んだ場合)
| 手続き | 期限 | 届出先 | 違反した場合 |
|---|---|---|---|
| 事故発生の届出 | 24時間以内(東京都条例) | 保健所・動物愛護相談センター | 拘留または罰金 |
| 咬傷犬の狂犬病検診 | 48時間以内(東京都条例) | 動物病院で受診 | 5万円以下の罰金 |
| 検診結果の報告 | 2週間後の検診後 | 保健所 | 条例違反による罰則 |
📚 実際の判例まとめ
小学5年生が犬に咬まれて負傷。治療後も後遺障害が残ったため飼い主への支払いを命令。
営業先の会社の中型犬に腕を咬まれ、しびれや醜状瘢痕の後遺障害が残った事案。治療費等を賠償命令。
ドッグランで大型犬が突進・衝突し被害者が転倒。頸椎捻挫・頭部打撲を負った事案。被害者にも2割の過失相殺あり。
リードなしの大型犬が散歩中の女性に飛びかかり11か所の傷を負わせた事案。就職面接を辞退せざるをえなかった損害も認定。
ランニング中にリードが離れた犬に転倒させられ骨折・入院。後遺障害に加え、事故前に決まっていた昇進・昇給の白紙撤回による逸失利益も認定。
犬同士の咬みつき事故(他の飼い犬への咬傷)で、治療費・慰謝料含む賠償を命令。ペット同士の事故でも飼い主責任が認定。
💡 ポイント:損害賠償額は「後遺障害の有無」「被害者の職業・収入」「事故態様の悪質性」によって大きく変動します。特に後遺障害や逸失利益が認められると、数百万〜1,000万円超になるリスクがあります。
🐾 愛犬が人を咬んでしまった時の飼い主の対処手順
傷の手当てをおこない、ケガの程度によっては救急車を呼ぶ。これが最優先。愛犬は他者に危害を加えないよう速やかに制御する。
氏名・住所・電話番号を交換。加入している保険(ペット保険・個人賠償責任保険)の有無も伝える。相手の連絡先が正しいか確認のため、その場で電話する。
都道府県の条例に基づき、保健所に「事故発生届出書」を速やかに提出。届出を怠ると罰則が科される。同時に狂犬病予防注射の接種状況も確認・申告する。
かかりつけの動物病院で愛犬の狂犬病検診を受ける。検診を受けない場合5万円以下の罰金の可能性。検診後2週間目にも経過確認が必要。
ペット賠償責任特約や個人賠償責任保険に加入している場合、すぐに保険会社へ連絡。示談交渉サービスが付帯している場合は専門家のサポートを活用する。
被害者の治療が終了したら示談交渉を開始。合意内容は必ず書面化する。金額が高額・交渉が難航する場合は弁護士に相談。
🩹 咬まれた被害者の対処手順
-
飼い主の連絡先を必ず確認
氏名・住所・電話番号・ペット保険の有無を確認。教えられた番号にその場で電話して正しいか確認を。狂犬病予防注射を受けているか確認することも重要。
-
傷口の応急処置と病院受診
流水で傷口を十分洗浄する。見た目が軽傷でも感染症(破傷風・パスツレラ症など)の恐れがあるため、必ず病院へ。医療機関では破傷風の予防接種を受けることも多い。診断書・領収書は必ず保管。
-
事故の状況を記録・保存
事故現場の写真(傷の状態・現場の状況)、目撃者の連絡先を記録。事故の経緯を文書で残しておくと後の交渉に役立つ。
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保健所への被害届(任意)
被害者としても保健所に被害届を提出できる(東京都では任意)。行政が飼い主に指導を行うとともに、加害犬の管理状況も確認される。
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示談交渉・損害賠償請求
治療終了後、治療費・慰謝料・休業損害などを飼い主へ請求。示談書は必ず書面化する。交渉が難航する場合や後遺障害が残った場合は弁護士への相談を強く推奨。
🛡️ 犬の咬傷事故に備える保険の種類と選び方
犬の咬傷事故に対応できる保険は複数あります。補償の上限額・示談交渉サービスの有無・保険料などを比較して選びましょう。
🐾 ペット賠償責任特約
ペット保険に付帯できる特約。愛犬・愛猫が他人や他のペットにケガをさせた場合の賠償金を補償。月100〜300円程度で追加できることが多い。
👤 個人賠償責任保険(単体)
日常生活における賠償事故全般をカバー。飼い犬による咬傷事故も対象。コープ共済などで3億円上限の商品も。示談交渉サービス付きが安心。
🏠 個人賠償責任特約(付帯型)
火災保険や自動車保険に特約として追加できる。すでに契約中の保険を確認すると、重複加入を避けられる。月額数百円で追加できるケースが多い。
💳 クレジットカード付帯保険
一部クレジットカードには個人賠償責任保険が付帯しているものがある。まず手持ちのカードの特約を確認しよう。補償額は最高1億円が目安。
🔍 保険選びの3つのポイント
| チェック項目 | 推奨基準 | 理由 |
|---|---|---|
| 補償上限額 | 1,000万円以上推奨 | 後遺障害・逸失利益で高額になる可能性がある |
| 示談交渉サービス | 付帯のものを選ぶ | 専門家が交渉するためトラブル解決がスムーズ |
| 重複加入の確認 | 事前に契約確認 | 個人賠償は実損填補のため二重取り不可 |
🦺 犬の咬傷事故を防ぐための対策
リードは必ず使用
散歩中は常にリードをつける。短めに持ちとっさに引き寄せられるよう準備する。伸縮リードは公道での使用に注意。
自宅の管理徹底
玄関・門扉の開閉を徹底。脱走防止柵の設置。塀の隙間から口が出せないよう対策する。
しつけ・社会化トレーニング
子犬期からの社会化が重要。「おすわり」「待て」など基本コマンドの徹底。噛み癖は訓練士・獣医師に相談。
口輪の活用
噛み癖がある犬や、混雑した場所での散歩時は口輪を使用する。見知らぬ人が多い場所では特に有効。
狂犬病予防注射の徹底
法律で義務付けられた年1回の狂犬病予防注射を欠かさない。接種済票は常に犬に装着。
注意喚起の表示
玄関・門扉には「犬がいます」「猛犬注意」などの標識を掲示。不意打ちで他者が驚いて事故になるリスクを減らす。
❓ よくある質問
✅ まとめ
- 犬の咬傷事故は年間4,400件超。飼い犬による事故が9割以上を占める
- 民法718条により、飼い主は「相当な注意を払った」と自ら立証しない限り損害賠償責任を負う
- 賠償額は数万円〜1,000万円超と幅が大きく、後遺障害・逸失利益が認められると高額になる
- 刑事責任(過失傷害罪:30万円以下罰金)・行政責任(保健所への届出義務)も発生する
- 事故発生時は①応急処置→②連絡先交換→③保健所届出(24時間以内)→④犬の狂犬病検診(48時間以内)の順で対応
- 補償上限1,000万円以上+示談交渉サービス付きの個人賠償責任保険への加入が最大の備え
- 小型犬も例外ではない。リード管理・しつけ・狂犬病予防注射の徹底が事故防止の基本
飼い主としての責任を理解し、しっかりと備えることで、
大切な愛犬との安心・安全な暮らしを守りましょう🐾
